kamome-1991

生きることを問い続けるすべての同志たちに捧ぐ

『カモメのジョナサン』より学ぶ 1

ブログの背景が物語るように、私はカモメのジョナサンという本が大好きです。

 

<a target="_blank" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00NPQ16M2/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B00NPQ16M2&linkCode=as2&tag=ke1morisita-22&linkId=bd94c779013ebfa1abea31c7258e01a2"><img border="0" src="//ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&MarketPlace=JP&ASIN=B00NPQ16M2&ServiceVersion=20070822&ID=AsinImage&WS=1&Format=_SL250_&tag=ke1morisita-22" ></a><img src="//ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=ke1morisita-22&l=am2&o=9&a=B00NPQ16M2" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />

 

この本を最初に手に取ったのはもう10年以上も前。高校二年の頃です。

 

私の通った高校には朝の読書という時間が15分ほどありました。今思うと素晴らしい時間です。

 

当時の私は本などほとんど読まず、教室の後ろに小汚く積まれた面白おかしい本があってそれをパラパラめくるだけだった。

 

ところがあるときから、いろいろなことでこのままではいけないと思うようになり、半端に続けていた部活を辞め、勉強に精を出すようになり、服装も流行に流されないようになりました。

 

読書もその自己改革の一部でした。

 

まずは読書に慣れることからだと思い立って本屋さんで買ったのが、「星の王子さま」とこの「かもめのジョナサン」でした。

選んだ理由は、薄くて読みやすそうだったからです。

 

ここから私の読書好きが始まって、当時流行った小説や、本屋で目についたわりと目立たないものをたくさん読みました。

授業中でさえ、教科書に隠して読んでいたこともありました。

ただでさえ高校では友だちが少なく、休み時間の乱痴気騒ぎに参加することもいつでもできたが、それよりも本のほうが面白く感じたから、「あいつは本ばかり読んで気取ったやつだ」などと陰口をたたかれるのを聞いたこともありました。

 

 

ところで、ジョナサンの話はどこへ?

 

実は最初に読んだとき、私はこの本をかもめをモチーフにした単なる寓話、しかも半ば夢想的な空想読み物だとしか思いませんでした。

 

だからあるお金に困ったときに、なんとも思わず売ってしまったのでした。

 

 

ジョナサンの魅力に取りつかれたのは、初めて手に取ったときから5年位後だったでしょうか。

 

高校卒業以来、真理の探求にすべてを懸けていました。

 

その中で「奇跡講座」に出会い、ゲイリー・R・レナードの「神の使者」でコースを深く理解するきっかけを得ました。

 

そしてある時、父の書架に“それ”があるとこに気づいた。

 

いや、あることは分かっていたが、あえてそれに手を伸ばそうとは思わなかったというのが正しい。

 

開くと、冒頭にこんな一節がある。

 

われらすべての心に棲む

かもめのジョナサン

 

 

この瞬間、私はこの本に流れる強烈な電流、もとい魂を感じずには居れなかった。

 

なにかこう、自分の中にある偉大な精神とこのフレーズが、ピッタリと符合したような感覚だったことを覚えている。

 

 

のめり込むようにして読み始めた。

 

すると以前にはわからなかったことが、とてもよく分かるではないか。

 

そして、真理を求めて練習していた自分と、ジョナサンの生きる姿がまるで同じ事のように感じられた。

 

そしてあろうことか、ジョナサンの生き方が、自分の歩むべき道とさえ思えた。

 

「これは単なる寓話ではない。それどころか、この中で語られている一言一句が、

俺たちの生きているリアルにそっくりそのまま当てはまるじゃないか!」

 

私はその衝撃に打ち震え、ジョナサンのような純粋な生き方をしたいと心から思い、感動に泣きました。

 

 

それ以来、ジョナサンは私の中でもっとも力強い存在感を持っている。

自分の理想の象徴でもあり、座右の書であり、いつか時が来て自分の体が静かに横たえられるとき、胸にはこの本が置かれていてほしい。

 

そう思って、早くも5年以上が経過している。

 

この思いは本物だと思ってもいいだろう。

 

そしてそう思わせるこの本こそ、まさに本物である。

 

これから何回に渡るかは不明だが、

 

かもめのジョナサン』よりまなぶ  シリーズを上げていきます。

 

少しでも心ある人たちに、このジョナサンの魂が宿ることを願っています。